ブログ

自分の言葉が心配。ちゃんと話せてますか?

こんにちは。AIDUTI屋の遠山将です。

カウンセリングや相談で色々な人の話を聞いていると、たまに「あれ、このセリフどっかで聞いたことあるな」とか「あ、この人も同じこと言ってる」
ということがまま起きます。

僕にとってそのうちの1つが
「あの、僕、ちゃんと話せてますか??」
というセリフ。

初めて聞いたときは、驚きとともにとても新鮮でした。例えばそれが
「あの、ちゃんと伝わってますか?」
と聞かれるのであれば特に驚きはしません。まずは自分の思い考えたことがちゃんと相手に伝わっているかどうかの確認をする。もし伝わっているようであれば大丈夫。もし伝わっていないようであれば、もう少し話の抽象度を下げよう。とか、具体例を入れてみよう。とか、逆にもう少し簡潔に表現するように気を付けよう。などと自分の「話し方」「表現の仕方」に焦点が当たります。
ただしそれは、なんらかのプレゼンや、説明や理解を促すような場合であって、日常生活の何気ない会話の中での話ではありません。彼らはその、日常生活の何気ない会話の中でさえ、自分がちゃんと話せているのかの心配をしているのです。

「はい。話せていますよ。少なくとも僕と話し始めて今まで、何を言っているのかわからないということはありませんでした。僕はよくお話が苦手な人とも会いますけど、そこと比較をするのであれば、とてもよく話せています。僕が助かっているくらいです」
そういうと、ある方は
「そうですか。僕は他の人にも何度か同じ質問をしたことがあるのですが、みんな話せていると言うんです。ということは、どうやら本当にちゃんと話せているみたいですね。よかった」
と言われました。

ただこのやり取りは前置きのようなもので、本題は次からになります。
「僕、変なこと言ってますか?」

話しをよく聞いていると、幼少期は特に何も気にすることなくおしゃべりができていたようでした。ただ高校に進学したあたりから、自分が発言すると周りが少し不思議そうな顔をするようになったそうです。おそらく、そこがきっかけになったものと思われます。もしかすると、気のせいだったかもしれないですし、その不思議そうな顔をした原因は、発言ではなく別の要因が起因していたのかもしれません。ただしその方はその可能性を周囲に向けるのではなく、自分にだけ向けました。
そうしていくうちに、他者と関わる絶対的機会が次第に失われていき、「なんだ気のせいだったのか」という着地にたどり着くことなくその考え方が固着したものと思います。
仮に自分がしっかり話せているのであれば、自分の考え方や思ったことが何か変なのかもしれないと思うのでしょう。ただし、別にそんなことないよ。とフィードバックをくれる人がいなければ、その考えを払拭することもできません。

「特に変だとは思いません。僕にとっては、いろんな人がいろんな考え方をしている中での範囲内です」
「そうですか。じゃぁよかった」

その「よかった」の積み重ねをどれだけすることができるかで、最初の小さな疑念のきっかけを乗り越えることができる。ただし、それは周りにそれをフィードバックしてくれる人がいることが前提です。小さな疑心暗鬼は負のスパイラルを簡単に生み、気づけば大きなうねりになります。取り返しのつかないところまで行ってしまわないうちに、「よかった」の積み重ねを。